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かんう。超有名文武両道の名将。蜀五虎将の筆頭。武器:青竜偃月刀「冷エン鋸」
塩の密売に関するトラブルに巻き込まれ各地放浪した後、 劉備・張飛と共に有名な
”桃園の誓い”を立て義兄弟となる。呂布の死後、彼が乗っていた名馬赤兎にのる。
彼は一騎打ちも数多く非常にプライドが高かった。特に長沙の戦いでの黄忠との一騎打ちは名勝負といわれる。馬超が味方になったとき腕比べを申し出るほどであった。
曹操の徐州攻略の際に劉備の妻達と共に捕虜となるが、最上級の待遇にも毅然とした
態度で仕官を断り続け、後に五つの関所を破り六人の大将を斬って劉備軍へ帰順する。
劉備入蜀後は襄陽太守として前線の荊州を任され、魏と呉両国に睨みを効かせる。
219年、魏・呉両軍を相手に奮戦したが呂蒙の策にはまり麦城で息子関平と共に捕われ同年12月、首を切られる。享年58歳。事実上彼の死で蜀による天下統一はなくなった。
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